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「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」。夏目漱石の『こころ』に出てくるこの一文は、Xでも引用されています(Xの投稿)。「『向上心のないものは馬鹿だ』って誰だっけ」と、出どころを探す投稿もありました(Xの投稿)。
ところが、この一文を「向上心を持とう」という人生訓として受け取ると、作品の中での意味をほとんど取り違えてしまいます。実はこの言葉は作中に2度出てきて、言う人も、言われる人も、込められた意図もまったく違うからです。この記事では、1度目と2度目の場面、Kにとっての「精神的」と「向上心」の中身、そして言葉が投げ返された後に何が起きたのかを、『こころ』の原文に沿って章ごとに読んでいきます。
先に結論:同じ言葉が2度、正反対の意味で使われている
『こころ』は1914(大正3)年4月20日から8月11日まで朝日新聞に連載された長編で、「上 先生と私」「中 両親と私」「下 先生と遺書」の3部からなります。問題の言葉が出てくるのは、先生が若い「私」に宛てた長い遺書である「下」の部分です。遺書の語り手は先生自身なので、ここでの「私」は先生を指します。整理すると、次のようになります。
| 1度目 | 2度目 | |
|---|---|---|
| 章 | 下 三十 | 下 四十一 |
| 場所 | 房州(千葉県の房総)を旅した夜の宿 | 冬の上野公園 |
| 言った人 → 言われた人 | K → 先生 | 先生 → K |
| 本文の表記 | 精神的に向上心がないものは馬鹿だ | 精神的に向上心のないものは馬鹿だ |
| 意図 | 日蓮の話に取り合わない先生を、軽薄だとやり込める | お嬢さんへの恋に迷うKの「行手を塞ぐ」 |
1度目は、道のためにすべてを犠牲にするというKの信条から出た、まっすぐな批判でした。2度目は、同じ言葉を先生が「彼の使った通りを、彼と同じような口調で」投げ返したもので、先生自身が後に「単なる利己心の発現」だったと書いています。つまり「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」の意味を問われたら、言葉そのものの意味(精神的な修養を目指さない者は愚かだ)と、2度目に使われたときの働き(Kの理想を逆手に取って恋をあきらめさせる)の両方を答える必要があります。以下、それぞれの場面を本文で確かめましょう。
1度目:房州旅行の夜、Kが先生に向けた言葉
最初の場面は、夏休みにKと先生が房州を歩いて回る旅の途中にあります。ここではまだKの恋は表に出ておらず、Kは自分の信条に忠実な、強い人物として描かれています。
日蓮と誕生寺から始まった口論は、どう進んだか
下の三十によると、2人は房州を離れる前に小湊で鯛の浦を見物しました。日蓮の生まれた日に鯛が2尾磯に打ち上げられたという言い伝えがあり、それ以来村の漁師が鯛をとるのを遠慮してきたため、浦には鯛が多いのだと語られます。先生が波の中の「少し紫がかった鯛の色」を面白がって眺めていたのに対し、Kは鯛よりも日蓮のほうを頭の中で想像していたようだ、と先生は振り返っています。
近くにあった誕生寺で、Kは住持に会ってみると言い出しました。Kは帽子を風で海に飛ばされて菅笠をかぶり、2人とも着物は垢じみて汗で臭くなっていたため、先生は坊さんに会うのはやめようと言いましたが、強情なKは聞きません。坊さんが日蓮は「草日蓮」といわれるほど草書が上手だったと話すと、字の下手なKは「何だ下らない」という顔をしたと書かれています。Kが知りたかったのは、もっと深い意味の日蓮だったのでしょう。寺を出たKはしきりに日蓮の話を持ち出しますが、暑さと疲れで余裕のない先生は、いいかげんな相づちを打ったあと、黙り込んでしまいました。
その翌晩、宿で寝る少し前に、2人は急に難しい問題を論じ始めます。Kは前日の日蓮の話に先生が取り合わなかったのを快く思っておらず、「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」と言って、先生を「さも軽薄もののように」やり込めました。本文の1度目の表記が「向上心が」になっている点は、引用するときに見落としやすい細部です。
ここで先生が素直に受け流せなかった理由も、はっきり書かれています。先生の胸にはお嬢さんのことが「蟠って」いたため、侮蔑に近い言葉を笑って受け取れなかったのです。先生は下の三十一で「人間らしい」という言葉を盛んに使って反論し、Kは人間らしくないことを口では言うし、そう振る舞おうとする、と責めました。これに対してKは、自分の修養が足りないから他人にはそう見えるのかもしれない、と答えただけで、反駁しなかったといいます。さらに、もし先生が自分の知っている「昔の人」を知っていれば、そんな攻撃はしないだろうと沈んだ調子で言いました。ここでの昔の人とは、英雄や豪傑ではなく、「霊のために肉を虐げたり、道のために体を鞭うったりした」難行苦行の人のことです。
翌日、先生は「人間らしい」などという抽象的な言葉ではなく、お嬢さんのことを率直に打ち明けていればよかったと悔やみます。それができなかったのは、学問の付き合いを土台にした2人の親しみに一種の惰性があり、それを突き破る勇気が欠けていたからだ、と先生は自白しています。1度目の場面は、のちの悲劇の伏線であると同時に、先生が「言うべきことを言えない人」であることを示す場面にもなっているのです。
Kにとっての「精神的」と「向上心」は何を指していたのか
この言葉が分かりにくいのは、「精神的に」という言い方のせいでもあります。手がかりになるのが、Kの生い立ちを語る下の十九です。寺に生まれたKは常に「精進」という言葉を使い、先生には彼の行動のすべてがこの一語で形容できるように見えたと書かれています。Kは医者の家へ養子に行き、養家から学資をもらって上京しましたが、最初から医者にはならない決心をしていました。先生が「それでは養父母を欺くと同じ事ではないか」と詰ると、Kは「そうだ」と答え、道のためならそのくらいのことをしても構わないと言います。
ただし先生は、そのときKが使った「道」という言葉は、おそらく彼にもよく分かっていなかっただろうと付け加えています。それでも若い2人には、この漠然とした言葉が尊く響いたのです。Kのいう「向上心」は、出世や成績を上げたいという意味の向上心ではなく、この「道」に向かって自分を鍛え続ける心だと読めます。
その中身をさらに詳しく説明しているのが下の四十一です。Kは真宗寺に生まれた男でしたが、その傾向は中学時代から生家の宗旨に近いものではなかった、と先生は書いています。Kは昔から精進という言葉が好きで、先生はそこに禁欲の意味も含まれているのだろうと思っていました。ところが実際に聞いてみると、それよりも厳しい意味があり、先生は驚きます。「道のためにはすべてを犠牲にすべきもの」というのがKの第一信条で、欲を抑えることはもちろん、たとえ欲を離れた恋であっても、恋そのものが道の妨げになる、というのです。国語教室のサイト「国語力.com」も、精神的な向上心を「恋愛や世間的な関心ごとに気をとられず、人生の高みをめざして『道』のために精進する」精神のありようと解説しています。
「精神的に」という言い回しは、Kだけのものではありません。上の三十二では、先生自身が奥さんの前で「私は精神的に癇性なんです」と言い、語り手の青年は、それが神経質という意味なのか、倫理的に潔癖だという意味なのか分からなかったと書いています。ここから分かるのは、『こころ』の「精神的」が、身体や物に対して心の側の、とくに倫理や修養にかかわる面を指して使われていることです。したがって1度目の言葉を現代の言葉に直すと、「心の修養を高めようとしない者は愚かだ」くらいの意味になります。
2度目:上野公園で先生がKに投げ返した一言
2度目の場面は、Kがお嬢さんへの恋を先生に打ち明けた後に訪れます。ここで同じ言葉は、Kを批判する道具ではなく、Kを追い詰める道具へと性質を変えました。
なぜこの一言がKにとって致命的だったのか
下の四十で、Kは学校の図書館にいた先生を散歩に誘い、上野公園の中で自分から恋の話を切り出します。Kが求めたのは、恋に陥った自分を先生がどんな目で見るかという「批評」でした。いつもは他人の思惑を気にしないKが、自分が弱い人間であるのが恥ずかしい、迷っているから自分で自分が分からなくなった、と打ち明けます。先生が「迷う」の意味を問うと、Kは進んでいいか退いていいかに迷うのだと答えました。退こうと思えば退けるのかと重ねて聞かれると、Kはただ「苦しい」と言っただけでした。
下の四十一で、先生はそのときの自分を「他流試合でもする人のように」Kを見ていたと書きます。無防備なKは「穴だらけというよりむしろ明け放し」で、先生は彼の手から「要塞の地図」を受け取って眺めることができたのと同じだったといいます。理想と現実の間でふらつくKを見た先生は、「ただ一打で彼を倒す」ことだけに目を向け、改まった厳粛な態度で「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と言い放ちました。
この一言がなぜ効いたのかは、先生自身が説明しています。これは房州でKが先生に使った言葉で、先生はそれを同じ口調で投げ返しました。先生は「決して復讐ではありません」と断ったうえで、「復讐以上に残酷な意味をもっていた」と自白しています。Kは道のためにすべてを犠牲にすると言い続け、恋に傾く先生に「同情よりも侮蔑」の顔を見せてきました。その過去がある以上、この言葉はKにとって痛いに違いなかったのです。Kは自分の信条を自分の口から否定しない限り、恋に進めなくなります。
しかも先生は、Kが積み上げてきた過去を壊すつもりではなく、むしろそれを今まで通り積み重ねさせようとした、と書いています。Kの修行が道に達しようと天に届こうと構わない、ただKが急に生活の方向を変えて自分の利害とぶつかるのを恐れた、というのです。先生はこれを「要するに私の言葉は単なる利己心の発現でした」とまとめました。
先生は同じ言葉を2度繰り返し、その影響を見つめます。やがてKは「馬鹿だ」と答え、「僕は馬鹿だ」と言って立ち止まり、地面を見つめたまま動かなくなりました。先生は一瞬、Kが居直り強盗のように開き直るのではないかと感じますが、その声はいかにも力に乏しいものでした。Kは最後まで先生の顔を見ず、ゆっくりとまた歩き出します。理想を盾にしてきた人が、その理想で自分を裁くしかなくなった瞬間が、この短いやりとりに凝縮されています。
「覚悟」の読み違いから遺書まで、言葉はどう響き続けたか
下の四十二で、Kは「もうその話は止めよう」と言い、さらに「止めてくれ」と頼むように言い直します。ここで先生は「狼が隙を見て羊の咽喉笛へ食い付くように」、口の先だけで止めても仕方がない、心でそれを止めるだけの覚悟がなければ、君は平生の主張をどうするつもりなのか、と迫りました。Kは「覚悟?」と聞き返し、「覚悟、――覚悟ならない事もない」と独り言のように付け加えます。
その夜、Kは2人の部屋を仕切る襖を開けて「もう寝たのか」と先生に声をかけました(下四十三)。翌朝、先生はKの言った「覚悟」という2字が気になり始めます。下の四十四で先生は、それが疑惑や煩悶を一度に解決する「最後の手段」を意味するのではないかと一瞬疑いながら、結局はKがお嬢さんに向かって進む覚悟だと「一図に」思い込みました。先生はそれを「悲しい事に私は片眼でした」と振り返っています。焦った先生はKより先に事を運ぼうと決め、1週間後に仮病を使って家に残り、奥さんにお嬢さんとの結婚を申し込みました。
下の四十八では、奥さんからKに話が伝わって2日余りが過ぎても、Kの態度は少しも変わりませんでした。先生はその超然とした様子に敬服し、「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」と感じます。翌日まで待ってKに謝ろうかと考えた、その土曜の晩のことです。Kは自殺していました。机の上の手紙には、自分は「薄志弱行」で到底行く先の望みがないから自殺する、と簡単に書かれており、世話になった礼や死後の片付けの依頼はあっても、お嬢さんの名前はどこにも見当たらなかったのです。先生が最も痛切に感じたのは、最後に墨の余りで書き添えたらしい、もっと早く死ぬべきだったのになぜ今まで生きていたのだろう、という意味の文句だったといいます。
「薄志弱行」は、意志が弱く実行力に乏しいことを表す言葉です。道のために精進すると言い続けてきたKが、自分をこの言葉で語って死を選んだことを考えると、上野で突きつけられた「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」と「僕は馬鹿だ」という返事が、遺書の言葉と重なって見えてくるでしょう。もっとも、Kの自殺の理由は先生の裏切りだけでは説明しきれないとして、多くの研究が論じてきたテーマです。たとえば群馬大学の山内春光による論文「Kはなぜ死んだのか」は、この問題を日本倫理思想史の全体に照らして再考しています。山口大学のリポジトリにある授業実践の論文でも、Kの言う「覚悟」と遺書の関係を、生徒と本文に即して読む試みが紹介されていました。
名言として引用するときに知っておきたいこと
この一文を引用したり、誰かに向けて使ったりする前に、確認しておきたい点があります。出典の書き方と、相手に向けて使うときの注意の2つに分けて見ていきましょう。
登場人物の台詞として出典を書く
「都会の喧騒から」というサイトの解説は、この一文を「向上心を失うな」という教訓として切り出すと、作品での意味をほとんど逆にしてしまうと指摘し、「誰が、誰に、何のために言ったのか」によって同じ文章の倫理的な意味が変わると述べています。漱石が読者に向けた人生訓ではなく、登場人物の台詞だという点は、引用の出典を書くときにも区別しておくべきでしょう。正確に書くなら「夏目漱石『こころ』下 先生と遺書 四十一、先生の台詞(初出はKの言葉)」といった形になります。
出典を書くときは、どの本の本文を使ったかも添えておくと安心です。青空文庫の『こころ』は、集英社文庫版(1991年2月25日初版)を底本に、新字新仮名で入力されたもので、入力には1995年の第10刷、校正には1996年の第14刷を使ったと記録されています。新潮文庫版は1952年3月4日の発売で、新潮社のサイトでは384ページと案内されていました。本によってふりがなや表記が少しずつ違うため、引用した版がわかると、読む人が同じ箇所を確かめやすくなるでしょう。
また、2度目の場面の直前で、先生は自分の厳粛な態度について「無論策略からですが」と書いています。さらに、この一言で彼が積み上げた過去を蹴散らすつもりはなく、かえってそれを今まで通り積み重ねて行かせようとしたのだ、とも説明していました。先生の言葉は、Kを恋から遠ざけるための理屈として選ばれたもので、先生自身の信念として語られたものではないのです。台詞として引用するときは、この点も頭に置いておきたいところです。
章の番号で示すなら、1度目は「下 三十」、2度目は「下 四十一」となり、繰り返された台詞とKの返事も同じ「下 四十一」に入っています。青空文庫の本文には章ごとに漢数字の見出しが付いているので、番号を添えておくと場所を探しやすくなります。新潮文庫版は電子書籍でも出ていて、配信開始は2008年5月1日とされていました。
相手に向けて使うときの注意と表記
Xにあった「毎日これしか思わない」のように、自分自身への戒めとして口にする使い方は、Kが房州で口にした1度目の意味に近いといえます(Xの投稿)。一方、誰かを奮い立たせるつもりで相手に向けると、受け取る側によっては、作中で先生がKを追い詰めた2度目の使い方を連想させかねません。とくに相手が迷っていたり弱っていたりするときに、その人自身の理想や過去の発言を持ち出して「だからお前は駄目なんだ」と迫るのは、まさに上野の場面の構図と同じになってしまいます。「このボクは馬鹿だ」と続ける投稿のように、Kの返事まで含めて場面を知っている人ほど、この言葉の重さを感じ取るのではないでしょうか(Xの投稿)。
また、言葉の表記にも注意が必要です。1度目の地の文は「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」、2度目は「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」、繰り返された台詞は「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」と読点が入ります。教科書や文庫によって表記が異なる場合もあるため、引用するときは手元の本文で確かめるのが確実です。
本文では、言われたKの様子も細かく書かれています。Kは「馬鹿だ」「僕は馬鹿だ」と答えたあと、立ち止まったまま地面を見つめ、先生の顔を最後まで見ませんでした。先生はその声が「いかにも力に乏しい」と感じています。続く下四十二で、先生は、もし誰かが「お前は卑怯だ」とささやいてくれたら、その瞬間に我に返ったかもしれない、と振り返りました。言った側があとから悔やむほどの言葉だったことも、使う前に思い出しておきたい点です。
表記を確かめるなら、青空文庫の本文で「向上心」と検索すると、房州の場面と上野の場面の両方をすぐに見比べられます。
先生は、そのときのKを「穴だらけというよりむしろ明け放し」と評するほど無用心だったと書き、Kが自分から打ち明けた迷いを、そのまま攻める材料にしたことを認めています。相手が心を開いて話してくれたことを、言い負かす道具にしてしまう怖さが、この場面には描かれているのでしょう。
試験や読書感想文で問われやすい3つの問い
『こころ』は高校の国語教科書に長く載ってきた作品で、学習サイト「四季の美」も、この言葉を先生がどんな意図で口にし、Kがどう受け止めたかを、出題されやすい問いの一つに挙げていました。本文に沿って答えるなら、次の3点を押さえておくと答えを組み立てやすいでしょう。
- 先生はどんな意図でこの言葉を言ったのか。 Kがかつて自分に使った言葉を同じ口調で返し、道のためにすべてを犠牲にするというKの信条を思い出させて、お嬢さんへの恋の「行手を塞ごう」とした。先生自身はそれを「復讐以上に残酷」「単なる利己心の発現」と書いている(下四十一)。
- Kはこの言葉をどう受け止めたのか。 「馬鹿だ」「僕は馬鹿だ」と答えて立ち止まり、自分の信条に照らして恋に迷う自分を否定した。その後「もうその話は止めよう」「止めてくれ」と言い、「覚悟、――覚悟ならない事もない」とつぶやく(下四十一・四十二)。
- 先生は「覚悟」をどう誤解したのか。 Kがお嬢さんへ進む覚悟だと思い込み、Kより先に奥さんに結婚を申し込んだ。後から振り返って、自分は「片眼」だったと認めている(下四十四)。
読書感想文では、この言葉が1度目と2度目で意味を変えたことに注目すると、自分の考えを書きやすくなります。たとえば、正しい理想を語る言葉でも、使う人の目的によって相手を傷つける道具になるという点や、先生が最後まで「人間らしい」本音を率直に言えなかった点を、自分の経験と比べてみる方法が考えられるでしょう。その際も、作中の出来事は本文の章番号と一緒に示すと、根拠のはっきりした文章になります。
まとめ:「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」を正しく読むための5つのポイント
この一文は短いながら、『こころ』という作品の核心にかかわる言葉です。最後に、原文から読み取れる要点を5つにまとめます。
- 出典は夏目漱石『こころ』の「下 先生と遺書」で、1914年に朝日新聞に連載された。漱石から読者への人生訓ではなく、登場人物の台詞
- 1度目は房州旅行の夜(下三十)、日蓮の話に取り合わない先生を、Kが「精神的に向上心がないものは馬鹿だ」とやり込めた
- Kのいう向上心は、道のためにすべてを犠牲にし、恋さえも妨げと考える「精進」のことで、出世や努力一般の意味ではない
- 2度目は上野公園(下四十一)で、先生が同じ言葉をKに投げ返し、恋の行手を塞いだ。先生は「単なる利己心の発現」と自白している
- Kは「僕は馬鹿だ」と答え、「覚悟」という言葉を残して自殺した。遺書には「薄志弱行」と、もっと早く死ぬべきだったという文句があった
この言葉の意味を知りたくなったら、名言集の一行だけでなく、下の三十と四十一を続けて読んでみてください。同じ言葉が、言う人と場面によってどれほど違う重さを持つのかが、原文からはっきり伝わってくるはずです。