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二十年働けば、望んでいたことを教えてもらえる。そう約束して、とうとう二十年が過ぎた。
いよいよだね、と読み進めたいところですが、芥川龍之介の『仙人』では、教える側がその術を知りません。
えっ、それで二十年も働かせていたの?
権助は本当に仙人になります。でも、約束した女房が仙術を教えられる人だった、という話ではありません。 その食い違いが、最後まで読むと気になってきます。
ここからは結末に触れます。先に読みたい人は、青空文庫の公開本文『仙人』からどうぞ。
「二三年」の話が、本人への約束では「二十年」になる
大阪へ奉公に来た権助は、働き先を紹介する口入れ屋へ、仙人になれる場所を頼みます。奉公は住み込んで働くこと、口入れ屋は働き先などを取り次ぐ店です。
権助が仙人を望む理由も書かれています。大阪の城を見て、偉い人でもいつか死ぬのなら、栄華もはかないと思ったからでした。
取り次ぎの相談を受けた医者の女房は、初めは二、三年のうちに仙人にしてみせると言います。
ところが権助本人を前にすると、条件は二十年の奉公へ。しかも、その間の給金はなしです。
この数字、ずいぶん変わっていますよね。私はここを読み飛ばしたくありません。権助の願いを知った女房が、どんな条件を差し出したかを見る場所だからです。
教えられない約束を、さらに二十年へ延ばそうとする
権助は水くみ、薪割り、飯炊き、掃除などを続け、約束の日に、礼を述べてから術を教えてほしいと頼みます。
医者は女房へ話を回し、女房は難しい命令に従うよう言います。できなければ、もう二十年、無給で働くことになると。
語り手は、女房が仙術を知らず、権助にできないことを言いつけて、またただで使おうと考えたのだろう、と説明しています。
女房の言葉だけなら「修業の続き」に聞こえそうです。でも、読者には、ただで使い続けようとする思惑が見える。このずれを知っているので、権助が喜んで命令を待つ場面は、手放しで安心して見ていられません。
願いはかなう。それでも、女房の約束は正しかった?
女房は庭の松へ登らせ、さらに両手を放すよう命じます。医者が命を心配するほどの場面です。
ところが権助は落ちず、空中に立ち、礼をして空へ昇っていきます。女房の狙いを飛び越えて、権助の願いがかなってしまうんです。
すごい逆転です。でも、この結末を見てから、最初の無給の約束まで納得できるでしょうか。
私には、権助が仙人になれたことと、女房が彼をどう扱ったかは、両方残るように読めます。うまくいった結末だけで、途中の約束を片付けずにいたいんですよね。
紙で読むなら、新潮文庫『蜘蛛の糸・杜子春』に『仙人』が収録されています。出版社の目次で確かめられます。本を識別する番号のISBNは9784101025032です。
読み返すなら、二十年を終えた権助が何を求め、女房が何と返したかを、続けて読んでみてください。
権助の喜びは確かにある。その横で、約束をした人の言葉をどう受け取るか。そこまで考えると、仙人になれてよかったね、のあとにも話が続きそうです。