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「ふるさとは遠きにありて思ふもの」
この一行、どこかで聞いたことがあるかもしれないね。室生犀星(むろう・さいせい)の「小景異情(しょうけいいじょう)その二」という詩の冒頭です。
故郷を離れて、懐かしく思う言葉。そう読んでいたら、その先に出てくる「帰るところにあるまじや」で、足が止まる。
思っているのに、帰る場所ではない?
有名な一行を、その続きへつなげてみよう。短い詩の中で、気持ちが一方向には収まらないところが見えてきます。
懐かしむ言葉の先に、「帰るところにあるまじや」
詩は、遠くから故郷を思い、悲しくうたうことへ進みます。続くのは、たとえ別の土地で落ちぶれることがあっても、故郷は帰るところではない、という強い言葉です。
「異土」は、よその土地のこと。「あるまじや」は、ここでは帰る場所であるまい、という突き放すような響きとして読んでみよう。
冒頭の懐かしさだけで読み終えると、この強さを通り過ぎてしまうんだね。
しかも、すぐ後には故郷を思って涙ぐむ姿が置かれています。帰るところではないと言いながら、思わずにはいられない。その二つが、同じ詩の中にある。
ここは、片方を消してすっきりさせずに読んでみたいところです。恋しいから帰りたい、という一本の線だけではたどれない思いが残ります。
最後に二度出てくるのは、「遠きみやこ」
終わりの二行で繰り返されるのは、「遠きみやこにかへらばや」です。
「ばや」は、自分の願いを表す言葉。ここでは、遠い都へ帰りたい、という願いとして読めます。
あ、最後は「ふるさとに」ではなく、「みやこに」なんだ。
この言葉の違いを飛ばさないでみて。冒頭の「ふるさと」と、結びの「遠きみやこ」。その間には、帰れないという言葉も、涙ぐむ姿も挟まっています。
「都」がどこを指し、どんな場所として思われているのか。読みを考える余地はありますが、この詩の言葉だけから、今ここで語っている人の居場所を簡単に決めきるのは控えたいです。
まずは、故郷を思う一行から始まり、遠い都を願う同じ一行が二度響いて終わる。その始まりと終わりを、続けて読んでみよう。冒頭だけのときとは、残る感じが変わりませんか。
原文は青空文庫『抒情小曲集』の「小景異情・その二」で読めます。「ばや」の用法は、コトバンクの辞典項目も手がかりになります。
犀星のほかの詩も、短い一編から
この詩の言葉が気になったら、ほかの詩も少し読んでみませんか。
新潮文庫の『室生犀星詩集』は、福永武彦さんが編んだ選集。新潮社の紹介によると、公刊された24冊の詩集から187編を収めています。
一冊を最初から読み切ろうと気負わず、まず短い一編を選ぶ。気になった言葉があったら、その前と後まで読む。そんな入り方もできます。
読み返すなら、冒頭の「ふるさと」から、最後の二行まで。一度ゆっくり声に出してみてね。思いながら帰れない、その揺れを、急いで一つの教訓へまとめなくてもいい。詩の中にある言葉を、続きごと味わってみよう。