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勉強を始めようと思って、本を買った。やり方も調べた。必要なものも、ひと通りそろった。
なのに、開かない。
こんな場面を想像してみてね。知識が足りないのかと思って、さらに入門動画を探す。でも、知っていることばかり増えて、肝心の楽しさはどこへやら……。
そこで読みたいのが、論語の「之を知る者は、之を好む者に如かず」という言葉です。読みは「これをしるものは、これをこのむものにしかず」。知識を持っているだけより、そのことを好きであるほうがよい、という趣旨として紹介されています。
しかも、この言葉には続きがあります。
「之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」。
知る。好む。楽しむ。
ああ、説明を覚えた先に、まだこんな段階があるんだ! そこが読みどころです。ただし、「楽しくない人はダメ」という採点表にすると、使う方向が変わってしまう。意味と出典を押さえて、自分や誰かを追い込まずに読めるところまで、一緒にほどいていこう。
「如かず」は「同じようにならない」?まずは二つの文をつなげよう
コトバンクに掲載された『故事成語を知る辞典』は、この言葉の由来を『論語』の雍也篇にある孔子の言葉としています。冒頭だけで止めず、「之を好む者は、之を楽しむ者に如かず」という続きも紹介しています。
ここで引っかかりやすいのは、「如かず」という見慣れない形だよね。
この文では「しかず」と読み、「及ばない」という比較の意味で受け取れば、つながりが見えます。AはBに如かず、なら、AはBに及ばない。表の左から右へ、何と何を比べているかを追ってみてください。
| 文の前半 | 比べる相手 | 読み取れる趣旨 |
|---|---|---|
| 之を知る者は | 之を好む者に | 知っているだけより、好きになることへ |
| 之を好む者は | 之を楽しむ者に | 好きであるところから、楽しむところへ |
二文を並べると、知識の量を競う話だけではないと分かります。百個知っているか、千個知っているか。その数字とは別に、対象にどう向き合うかが置かれているんです。
だから、「知る」を悪者にしなくて大丈夫。後ろの言葉を強調したいあまり、「知識なんていらない」と読み替える必要はありません。知ることを入り口にして、好きになる、楽しむという関わり方まで目を向ける。そんな順で読むと、最初の段階も置き去りにならないね。
もう一つ、「之」は「これ」と読みます。ただ、現代の解説で使うときに、必ず仕事のこと、必ず勉強のこと、と一つに固定してしまうのは避けたいところ。今回確認した辞典は、何かを好きになる情熱の大切さを述べた言葉として説明しています。
仕事や趣味に引き寄せるのは、そこからの現代の応用です。たとえば料理を題材にしてもいいけれど、「孔子が料理の練習についてこう教えた」と歴史上の場面まで作らない。この線を分けるだけで、言葉を自分の生活へ持ってきやすくなります。
「之」と「これ」は、見た目が違っても、ここでは同じ箇所を表す表記。検索結果で片方しか見覚えがなくても、別の名言だと思って迷わなくて大丈夫です。
出典を本でたどる候補には、金谷治訳注の岩波文庫『論語』があります。国立国会図書館の書誌と販売ページで書名・訳注者・ISBNを照合しました。以下は中古本を含む販売先を探すリンクです。
「好きこそ物の上手なれ」と同じ?似ているところと、違うところ
「それって、好きこそ物の上手なれ、ということ?」
こんな疑問が浮かぶかもしれません。近い方向を向いているけれど、同じ文として置き換えるより、それぞれが何を語っているかを見たいんです。
『デジタル大辞泉』の「好きこそ物の上手なれ」は、好きなことには熱中しやすく、上達も早いという趣旨の説明です。好きという気持ちと、技能の上達を結び付けています。
一方、今回の『論語』の言葉は、「知る者」「好む者」「楽しむ者」を並べています。似ているのは、対象への関心や情熱に目を向けるところ。違うのは、言葉の中で直接比べているものです。
ここ、ひとまとめにしないで読むと面白いっ。
「好きこそ」のほうからは、まだ上手でなくても、好きな気持ちを練習の支えにしてよい、という受け取り方ができます。「知る・好む・楽しむ」のほうからは、分かっているかどうかに加えて、どう関わっているかにも目を向けられます。これは記事としての読み方の提案で、二つの言葉が同一の出典だという意味ではありません。
たとえば、編み物が好きな人を考えてみよう。編み図の記号を覚えるのは「知る」側の話として説明できます。色や模様に心が動くことは「好む」を考える例になります。そして、少しずつ形ができる過程を面白がることは、「楽しむ」を考える手がかりになる。
ただし、これは今作った説明用の例です。三つを正確に測定して人を分類するものでも、すべての人が必ず同じ順番を通るという発達モデルでもありません。
好きでも、難しいところでは止まる。楽しみながらでも、目を落として編み直すことはあるでしょう。「好きなのに失敗したから、この言葉は間違い」と結論を急がなくていい。反対に、「本当に好きなら失敗しない」と自分を責める根拠にもしたくありません。
名言は、成功率を保証する商品説明ではないんだよね。
古い言葉が、今の自分の見方を少し動かしてくれる。その働きを楽しみながら、現実の練習量や条件の違いもそのまま残しておく。そんな読み方なら、うまくいかない日にも付き合えます。
なお、「好きこそ物の上手なれ」という日本語のことわざを、そのまま『論語』雍也篇の原文として引用するのは避けてください。似ている意味の言葉として紹介することと、同じ出典だと表示することは別です。
自分の勉強に使うなら、「楽しめ」と命令する前に題材を変えてみよう
意味は分かった。じゃあ、やる気の出ない勉強にどう使う?
ここからは、この言葉を読んだうえでの実用的な提案です。古典に、そのまま現代の勉強法が書かれていると紹介するものではありません。
たとえば、外国語の単語を覚えたい場面。単語帳を開くたび、知らない語の数に圧倒されるとします。そこで「楽しむ者が一番なんだから、楽しくやろう!」と言われても……その楽しさの場所を知りたいんだよーー、となるよね。
気分を変えるように自分へ命令するより、扱う題材を一つ選び直すほうが、具体的に動けます。
好きな料理の名前。旅先で読めるようになりたい表示。スポーツの試合記事に出る言葉。どれでも、今の勉強の目的に合う範囲で選んでみる。必要な範囲を全部捨てるのではなく、同じ学習の中に、自分が続きを知りたい題材を混ぜる提案です。
ここで確かめたいのは、「急に好きになれたか」ではありません。意味を調べたあと、もう一つ知りたいことが残ったか。前に読めなかった一行を、今なら読んでみようと思えるか。自分で確かめられる問いへ小さくするんです。
たとえば料理の説明なら、材料名が一つ分かるだけで、写真の中の何を指すのか見えてきます。その先に、切り方、調理法、地域による違いなど、次に知りたいことが出てくるかもしれません。出てこなければ、別の題材を試してもいい。興味が出なかったという結果も、題材を選ぶ材料になります。
一方で、期限のある試験なら、興味のある単語だけで準備は終わりません。必要な範囲を確認する時間と、関心から広げる時間を区別しておく。名言を使うために、現実の目的まで見失わないようにしたいね。
「楽しむ」という言葉が大きすぎるなら、「どこなら、もう少し触っていたい?」くらいで考えてみてください。
編み物なら、複雑な完成品を目指す前に、気になった一つの模様を試す。料理なら、品数を増やす前に、同じ材料の切り方を二つ比べる。いずれも仮の例ですが、完成や評価だけに集中していたときとは、見ている場所が変わります。
ただ、疲れている日まで工夫を義務にしなくていいんです。好きな題材でも、今日は手を付けられないことはある。「楽しむ側に行けていない」と自分をランク付けするより、休んだあとに続けられる状態を残す。この提案も、名言そのものの逐語訳とは分けて受け取ってね。
誰かを励ますときは、名言を渡す前に相手の困りごとへ返事を
自分が気に入った言葉って、人にも伝えたくなるよね。
でも、たとえば子どもが課題で困っているときや、友達が資格の勉強に疲れているとき。「孔子も楽しむ人がよいと言っているから、楽しもう」と先に結論を渡すと、困っている中身が残ってしまいます。
時間がないのか。どこから分からないのか。教材が合っていないのか。本人が楽しさを探す余力より先に、整理したいことがあるかもしれません。
名言を知っている側が、相手の答えまで決めない。ここは大事にしたいところです。
伝えるなら、言葉の紹介と、自分からの提案を分けてみよう。以下は、実際に誰かが話した会話ではなく、伝え方を考えるために作った例文です。
「論語に、知るだけより好きになること、その先には楽しむこと、という言葉があるんだって。今の勉強で、ちょっと気になるところはある?」
こう尋ねたとして、相手が「今はない」と答える可能性も残しておきます。質問の形で、実は「ある」と言わせることを目的にしない。なければ、分からない問題を一緒に整理するなど、その人の答えに応じて提案を変えたいんです。
反対に、相手がすでに楽しんでいるなら、上手さの採点を急がず、どこを面白がっているのか聞けます。
たとえば、こんな聞き方です。
「その作業の、どのへんが面白いの?」
これは説明用の一言ですが、点数や完成度とは違う話の入り口になります。本人が気付いた違いや、次に試したいことが聞けたら、そこへ返事をする。古典の一節を暗唱して会話を終わらせなくてもいいんだよね。
学校や職場で引用する文章なら、もう少し形を整えます。引用部分と自分の感想を分け、出典は『論語』雍也篇と表示する。読みやすい現代語訳を本からそのまま借りる場合は、古代の原文とは別に、その訳文の出典や引用の範囲にも注意が必要です。この記事の説明は、金谷治訳の本文を転載したものではありません。
誰かの「好き」を応援したくて取り上げた言葉なら、最後もその人の話へ戻したい。名言をうまく紹介できたかより、相手が話したいことを話せる余地があるか。そこまで考えると、引用する一文の選び方も変わります。
一節から本へ。買うなら訳注者とISBNを合わせて探そう
『論語』という題名で探すと、訳、解説、入門、漫画など、いろいろな本が出てきます。同じ題名が見えたからといって、全部が同じ内容の本ではありません。
今回、書誌を確認したのは、金谷治訳注、岩波書店、岩波文庫の『論語』です。国立国会図書館サーチでは1999年11月刊、ISBNは10桁の「4-00-332021-2」として登録されています。販売ページの13桁表記「9784003320211」と照らし、取り違えを避けました。
探すときは、書名だけでなく「金谷治」「岩波文庫」も一緒に見る。ISBNまで合えば、似た題名の別の入門書を選んでいた、というずれを減らせます。
図書館で探すなら、この書名と訳注者をメモして持っていくと相談しやすくなります。買う前に借りて確かめる、という入り方もあるよ。引用したい言葉が載る箇所と、その本の訳注の書き方を、手元で一緒に見られます。
ただし、この記事ではこの本の全編を読んだ感想や、特定の訳文の使い勝手をお伝えしているわけではありません。書誌と、今回の言葉の出典を確認したうえでの読書候補です。文字の大きさや注の読みやすさは、実物や利用できる見本を確かめて選んでください。
確認した販売先には中古本が含まれます。同じISBNでも、書き込み、カバーの状態、価格、送料は出品ごとに確認が必要です。「古典だからどれでもいいや」で押してしまう前に、手元で読みたい状態かどうかも見てね。表示中の商品が売り切れている場合は、ほかの出品条件を確認しましょう。
出典の確認には、『故事成語を知る辞典』の当該項目、関連することわざの意味には「好きこそ物の上手なれ」の辞典項目、書籍情報には国立国会図書館サーチを使いました。
冒頭の、知っていることは増えたのに、本を開けない場面へ戻ろう。
次に足すのは、必ずしも別の解説動画ではないかもしれない。今ある本の中から、少し気になる一節を選んでみる手もあります。今回の一節でも、別の箇所でも大丈夫。
「楽しめる人にならなきゃ」まで背負わなくていいよ。まずは、知った言葉の続きを見に行く。あ、この先はどうなっているんだろう。その問いが出てきたら、そこから本を開いてみよう。